2010年12月4日土曜日

イメージを描く

あれは夏の終わり頃、静岡の学校で今期最後の授業を終えたとき、1人の男子学生から「先生、この香りどう思われますか」と、1枚のムエット(試香紙)を渡されました。"BLEU DE CHANEL"と印字。前日に百貨店でもらったとのこと。うっすらとした残り香は時間経過から考えてもラストノート。

香りをどう思うかときかれて私が最初に確認するのは、その質問をした当人がまずどう感じるかという第一印象をもっているかどうかです。自分の正直な感じ方を確認しないうちに第三者の感想を聴いてしまうと、影響されてしまう人は結構います。とはいえ、感想をハッキリと言葉で表現できないケースも多いのもまた事実。そういうとき第一印象を尋ねるために次のような質問をします。
「好印象ですか」
「何か思い起こすことはありますか」
「この香りからどんな人をイメージしますか、もしくは色や形…」

さて、私に質問された学生さんは、少なくともこのフレグランスにネガティブな印象は抱いていないようでした。彼の眼差しからそう感じたというのもありますが、明らかに嫌だと思うものをわざわざ学校に持ってきたりはしないでしょう。いくつか質問してみましたが、なかなか想像するのが難しいようでしたから、私はたしか次のようなことを言ったと記憶しています。
「この紙に残った状態としてはなかなか良いバランスの香りではないかと思います。大人の、私がイメージする素敵な男性を想像しますね。さて、あなたもすでに大人の男性ではありますが、どんな男性でありたいと思いますか。ご自身のどんな個性を引き立たせたいと思いますか。そのイメージと、この香りから感じられる人のイメージが重なるかどうかですね。」

彼の回答が印象的でした。
「まず自分を知らなくてはなりませんね。」
この反応が嬉しくて、私は続いてこう答えました。
「そうです。このフレグランスは確かにシャネルというブランドが誇る香りではありますが、主役はあくまでもこれを身に付ける本人です。あなた自身のイメージのために使われるかどうかですね。」

香料名の話や、トップ~ミドル~ラストノートというような説明は一切なかったのですが、それは賢明な彼が、ラストノートの香りの紙を私に持ってきてくれたからでしょう。最後まで残った…フランス語でいうと "Ce qu'il laisse derrière lui"…この状態の香りからイメージできることを確認できたからです。
今、私の手元に "BLEU DE CHANEL"本体から吹き付けられたばかりの香りがあります。彼はおそらく百貨店で渡されたとき、この香りから何らかの第一印象を感じ、すぐに捨てることなく香りの変化と共に過ごしてみたのでしょう。

形ある衣服ならば鏡で試着の状態を確認できますが、香りは目に見えません。見えないからこそ大切なこと、それはイマジネーションです。香りと出会ったとき、第一印象からはもちろん、残り香からもイメージを持ち、さらに自分はこうである、こうでありたいイメージを普段から描いておき、それらと照らし合わせることを大切にしたいものです。こうした経緯の上で香水のプロの方から香料のこと、調香師のコンセプトなど背景をうかがうのは非常に楽しいものではないかと思います。

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