2011年9月7日水曜日

「可愛い」より「惚れぼれ」・例えばチーターの子供

どうやら私は、「可愛い」と感じるよりも、「惚れぼれ」する感覚のほうが好きなのだなあと思うようになった。「可愛い」と感じるときはエネルギーを使う。ちょっと思考能力をマヒさせられるようなところもある。ときどき子猫の写真などを観た人の感想として「きゅん死」などとつぶやかれていることもあるくらい。「愛くるしい」という言葉にも「くるしい」が入っている。

「惚れぼれ」は「うっとり」とも言い換えられる。すてきだなあ…といつまでも眺めたり感じていたくなる。が、くるしくはない。なんだか心地良い。だから思考もマヒしない。それどころか好奇心が活性化されて、「うっとり」の対象についてもっと冷静に調べたくなる。

8/27のブログ「ライフ いのちをつなぐ物語」・物語にするのは人の脳でも書いたように、私はこれまでさほど意識していなかったチーターという動物に魅かれた。地上の生き物で時速100kmで走れるという圧倒的なかっこよさ。その能力にふさわしいプロポーションの身体。小さな頭と長い脚。脚が命のこの生き物は長距離を走れないため自らの能力を最大限に生かすため、最大限に頭脳を回転させる。その生き様に「惚れぼれ」してしまった。

先週、札幌の円山動物園で一頭の赤ちゃんチーターの名前が「なでしこ」
と名付けられたというニュースをみたとき、アナウンサーの女性がチーターの赤ちゃんをみて「可愛い…」とつぶやいているのをきいた。

私はもはやこの生き物を「可愛い」というより、尊敬の念をもって眺めている。たとえ赤ちゃんであろうと。

例えば、THE ANIMAL BLOGで先週みつけたチーターの赤ちゃんの真正面の写真からは、くっきりと存在する目下から鼻へのティアーズライン(光の反射を防ぐため)とまなざしに、強い知性を感じる。

THE ANIMAL BLOGで今日発見した横顔 からは、幼いながらも威厳さえたたえた美しさにうっとりする。

よく考えてみれば香水を選ぶときも、「うっとり」できる香りかどうかが決め手になっていたなあと振り返る。






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