2010年11月30日火曜日

十人・十香

十人十色になぞらえて、私のにわか造語。
ホント、厳密にいえばDNAが違うのだから一人ひとり体質も体臭も違い、さらに香りの好みや感じ方もさまざまです。でも。香りのジャンルにおいてこうした背景があるにもかかわらず、個人的な感じ方だけで「香り」というものに偏見がもたれているのもまた事実。

香りのプロとはどんな人なのだろうと考えたとき、香りといっても色々なものがあり、それぞれの価値を客観的に言葉で説明できる人であってほしいと強く願う今日この頃です。

たとえば…。
アロマセラピストという職業に携わる人は、天然香料の一種である精油を主に学び、人のリラクセーションに活用させるプロですが、天然以外のことはそれほど詳しく学ばないにもかかわらず「天然でない」というだけで、合成香料にネガティブな考え方をもたれているケースが良く見られます。

私はアロマテラピーよりも先に、大好きなフレグランスについて勉強しました。調香師という人は様々な香料で素敵なイメージを描ける、まるで画家や音楽家のような人達であると感じました。彼らにとっては天然も合成も同じく創作のための貴重な香料です。ムスクの香りはもとは麝香鹿から得ていましたがその希少性、動物愛護の観点から現在はほとんど合成香料が使用されており、この合成に携わった化学者はノーベル賞を受賞したということもききました。

調香師もアロマセラピストも、手段や用途目的はちがっても、豊かな香りの楽しみ方を提供する上ではそれぞれ重要な役割を果たしていると思います。
私がアロマテラピーの勉強をした理由のひとつは、天然香料についてもっと知りたい、人に直接香りがどんなふうに働きかけるのかを知りたいという好奇心でした。結果、フレグランスしか知らなかったころにくらべて、単一の精油に対してすら、リアルに人によって感受性が大きく違うことも体感でき、人によって心地よい香り方とはどういう状態であるべきなのかを以前より考えるようになったと思います。

自分の好みはさておき、さまざまな香料、香り文化に精通し、それぞれの活用法を必要とする人に言葉で伝え、十人十香に対応できる…目指したいものです。

明日から師走。香水の日とされた10月1日から、私はツイッターで毎月1日に1つずつフレグランスをご紹介してきました。明日はこのブログで何かご紹介したいと思います。

2010年11月27日土曜日

半年先へ旅気分

昨日金曜は、前回ご紹介のブランド、アン・フォンテーヌの2011春夏新作コレクション内覧会へ。テーマは "SUMMER STORY"。デザイナーのインスピレーションの源となったのは、イギリス出身の写真家、David Hamiltonの醸し出す世界、との前情報から、ソフトフォーカスによる独特の柔らかな光を通した夏の色が見られるような…淡い期待感とともに出向きました。

やはり。そこにはゆったりと流れる時間の中で感じる風景に似合う色と形がありました。淡いサンドベージュ、柔らかな光を浴びたような優しいピンク、乾いた空気の爽快さを色に移したようなライトブルーグレー、空や海の表情を捉えたような青のグラデーション。
カタログに登場するモデルの女性もどこかくつろいだ表情。定番の白、黒のブラウスも、空気を含んだような軽やかさが感じられ、着る人の身体の動きとともに風景に溶け込んでしまいそうです。

ゆっくりとコレクションを眺めていたら、随分昔に愛用していたものから最近のものまで、いくつかのフレグランスの香りを思い起こしました。
なぜか、旅と結びつくイメージのものばかりです。

'80年代後半に発売された、ローマという名の香り。柔らかな光に包まれるような気分になれることが印象的。愛用し始めた直後に仕事でイタリアに行くことになりました。
KENZOAIR。青と白のパッケージ。"AIR"。空気という名のこの香りに、幼い頃見上げていた空を想起して半年後、身近な人物がタイに出張することになり、お土産として買ってきてくれました。
そして今年の春発売のヴォヤージュ ドゥ エルメス。旅立ちへと誘うフレグランス。この香りの調香師いわく、「…香水なら何かを思い出すのではなく、なにかがしたくなるような香水であってほしい。」(専門誌PARFUM154号より)。この香りが吹きつけられた荷札のような紙をお店でいただいたとき、私は昨夏お世話になったブルガリア人の知人と一緒でした。その方も私もこの香りをすぐに気に入って微笑んだことを思い起こします。

2011年の春から夏。半年先へ旅気分。





2010年11月25日木曜日

服と人と空間と

ブランドには、たとえば服だけではなくそのブランドイメージを象徴するようなフレグランスもあります。よく知られた名前を挙げてみるとシャネル、エルメス、ブルガリなど。私はシャネルもエルメスも、主製品を詳しく知る前にフレグランスを知り、その香りからブランドイメージを描いていたと認識しています。ブルガリだけは、イタリアモード誌編集者時代に時計の発表会で初めてこのブランドを意識したので、いまでも重厚感のあるジュエラーという印象をどこかで抱いているようです。

ブランドイメージの香り、といっても上記の場合ほとんどは身体に身に付けるフレグランス。まさに衣服のように身体にまとうものです。

ちょうど8年前の今頃、寒い中にも春を感じさせてくれるような白のブラウスに魅了されて私は一つのブランドに出逢いました。デザイナーは、衣服を身につけた人が存在する空間の香りを大切に思い、身体ではなく空間の香りとしてフレグランスを提案していました。服を着るのは人、その人を含む空間自体を香らせることで心地よさ、優雅さを。そんなメッセージを受け取った私は自身のWebの最初のコラムでこの印象を書いています。2003年春のことでした。

ブティックに入るとふわりとその香りで迎えられ、購入したアイテムにも必ずバラのポプリがついています。帰宅して包みを開けると、そのときの空間をありありと思い起こします。改まった気持ちで服装を選ぶときなど、この香りを空間に漂わせることが楽しくなりました。当初1種類であった香りも近年バリエーションが増え、ルームフレグランスに加えてキャンドルでも楽しむことができます。

ブランド名はアン・フォンテーヌ。デザイナーの名前です。数年前にこのブランドのWeb中において英語と仏語で記されていたデザイナーのエピソードから一部をご紹介したいと思います。当時私の担当講義で学生に紹介するための原稿として簡単に和訳してメモをとっておいたのですが、現在のWebには同内容は掲載されていないようです。


アン・フォンテーヌ。白のシャツを中心とするコレクションをもつこのブランドは'90年代にパリに生まれました。デザイナーのアンはブラジル人とフランス人を両親に持つ女性。リオの美しい山々を見て成長した彼女はこうした自然を大切に思い、エコロジストになりたいと思い描いていたそうです。18才のときに親元を離れて旅に出た彼女は、緑濃いアマゾンの森の中でインディアン部族に受け入れられて生活の手ほどきを受け、自己変革のきっかけを得たということでした…


参考情報
Sawa Hirano's Web 中コラム "white soul"

2010年11月22日月曜日

香りという衣服

フランス語では「香水を身につける」というときに "porter le parfum" という表現を用いるそうです。"porter" という動詞は、既製服という意味を示す「プレタポルテ」すなわち "prêt-à-porter" にも使用されるように「着る」という意味も含みます。ですから、服を選ぶように香水を選ぶ、と考えるとよいと思います。

服を選ぶとき、自分に似合うもの、自分の魅力を引き立ててくれるものをと思います。自分の外観の特徴を知り、それを生かしてどう見せたいのかと考えます。そして、それをいつ、どんな場所で着るのか、誰と会うのか、そのシチュエーションの中で自分はどういう存在でありたいのか。ここまで考えて服は選択されます。さらに着方にもひと工夫したりします。

自分が好感をもつことができ、自分の描くイメージにも合う。そんな香水を探すためには服と同じく試着が必要です。香水自体のコンセプトやイメージヴィジュアルなどからもある程度、自分との相性は想像できるかもしれませんが、リアルに自身の鼻で香りの時間経過による変化を確認し、手首など自分の肌につけた状態の香り方を試してみないと実感できないかもしれません。
嗅覚は体調にも大きく左右されますから風邪をひいている時は避けて…と気分の良い五感のシャープな時がベストです。

さらに大切なこと。特に東京のように人口の密集したところでは強く香らせすぎてはマイナス効果。これでどれだけ多くの日本の人が香水をネガティブにとらえていることでしょう。鼻から近い部分は避けて、ウエストから下の脈打つところ、手首など体温の高いところに少量を纏ってみます。じっとしているときは香りが主張を控えていますが、ふと立ち上がったり歩いたときにふわりと下から上に立ちのぼるのです。そんなふうに香水を香らせる「着こなし」の人がもっと増えると素敵です。

視覚情報が圧倒的とはいえ、人は他人のイメージを他の感覚と共にとらえます。何かが強すぎてもそれは違和感となりますが、五感に程良く届く情報は無意識のうちに好感をもってとらえるように思います。シャワーで清潔に整えた身体でも、一歩外気に触れたら好ましくない様々なにおいの空気にさらされ、不本意なにおい分子にまとわりつかれ、自分自身の体臭も変化するのです。そんな中でも、香りという衣服で自分のオーラを保つことができるなら…たとえ鏡を見なくても自分に自信が持てるでしょう。

2010年11月20日土曜日

専門誌PARFUM

日本で唯一の香水評論家、平田幸子さん編集による香りの専門誌 "PARFUM" は来年で発刊から40周年を迎える季刊誌(定期購読)です。
こちらのPARFUM Webサイトには152号の情報までアップされていますが、ひと月後の12月には冬号156号が発刊されます。

B5版サイズでスリムな冊子。表紙にはそのシーズンの香りを象徴する女性美漂うミューズの写真以外最低限の文字のみという眺めの良さ。最新の香水情報を入手したい方には勿論、香りの文化、美術や映画を愛する方にもおすすめです。昨年からオールカラーとなり、ユニークなヴィジュアル表現を特徴とする様々な香水PR、編集長が訪れた海外の風景写真、美術展レポートもより楽しめるようになりました。

この媒体(冊子)を知って20年以上となる私は、当時からのバックナンバーをすべて大切に保管しています。過去の流行を調べるにも良い貴重な資料。私の書いた原稿を初めて活字にしていただいた記念すべき媒体でもあり、ここ10年位は連載ページも担当。今日はこれから冬号原稿にとりかかります。

2010年11月19日金曜日

調香師

フランスを筆頭にフレグランスの需要の高い地域では特に、調香師の存在感が大きいようです。一方日本では、国内はもちろん海外でも業績を上げられた日本人調香師の存在も確かにあるのですが、いまのところ、国内での存在感は欧州ほどではありません。

美的感受性、想像力。これはそもそも人に喜びをもたらすものです。さらにこれらは香りを楽しむにはかかせないものでもあると私は思います。見えない香りから何を思い浮かべるか。感じ取った一点のイメージを波紋のようにどこまで拡げて独特の世界観を描けるか。これは、生まれてこのかた体験してきた記憶のストックだけではなく、同じひとつのものをみても様々な見方、想像力を駆使する経験の積み重ねが生み出すものでしょう。
たとえば、未知のものに積極的に出会う経験、旅、読書、芸術鑑賞…。

素晴らしい想像力によって香りを創り出す調香師がいても、その世界観を感受、評価し、その必要性を実感できる人がいなければ、その美の世界は共有できません。美というものはすでに存在するものではなく、心で感じるものだから。
ー11/17日本調香技術普及協会・発足記念講演会を拝聴してー

2010年11月17日水曜日

ブルガリア

ソフィア空港からこの国に降り立って真っ先に感じたのは山のラインの美しさ。のびやかで遠くまで見渡せる清々しさは今もよく憶えています。7月初旬の夜8時台はまだそんなふうに明るかったのでした。建築にはどことなくアジアを感じさせる風情もあり、西と東の文化が融合されてきた歴史を感じます。この国は日本ではヨーグルトで有名でしょうか。確かに乳製品は豊富です。野菜、フルーツ、肉類、ワインも非常に美味しい農業国です。

ダマスクローズ。多くの調香師の方々が「香りの女王」と絶賛する天然香料はこの薔薇から抽出されます。ブルガリアは、このダマスクローズの生育にきわめて適した気候風土を持つ国で、水蒸気蒸留法によるこの薔薇の精油、ローズオットーの抽出技術を長い年月を掛けて磨いてきました。私が昨夏この国を訪れた目的とは、まさにこの世界的な高品質を誇るダマスクローズのローズオットー。2009年はブルガリアと日本が外交復興50周年という記念すべき年でもありました。稀少価値の高いこの精油を抽出直後のフレッシュな状態で買い付ける企画のために、薔薇から精油が抽出されて国立バラ研究所での品質チェックが行われる時期に合わせて渡欧したのです。

日本の本州の約半分の面積、人口約750万人(対して東京の人口は2010年8月の時点で人口約1300万人)。国土の東側は黒海に面し、南側はギリシャ、北にルーマニア。日本からは今のところ直行便はなく、一度乗換えが必要です。

ロシア語でも使用されているキリル文字を用いたブルガリア語が公用語ですが、首都のソフィアではビジネス上多くの人が英語を話します。ローズオットー生産に携わる会社の社長さんは英語とドイツ語を理解され、国立バラ研究所の所長さんは母国語以外はフランス語のみという状況でした。やはり海外輸出がほとんどというローズオットーに携わる方々ならではです。一方バラの谷のあるカザンラクなど地方に行くと、ちょっと立ち寄ったお店ではブルガリア語しか通じないこともありました。最低限の挨拶表現、数字、疑問詞位は覚えておいてよかったと思います。

7月はちょうどラベンダーの最盛期で畑の一帯は素晴らしく清々しい香りで満ち溢れていました。ブルガリア産のラベンダー精油もなかなか香り高く高品質であることがわかりました。豊かな香りは豊かな自然から。改めてそうした環境に感謝し、大切にしたいと思います。


参考情報 :
パレチカWeb中~ブルガリア買付旅行記


2010年11月13日土曜日

楽器になりたい

最近よく思います。楽器になりたいと。私の身体が楽器になってそのときどきの雰囲気に合った音色とリズムと音量で鳴ってくれたら楽しいなと。実際に音が鳴らなくても脳に記憶されたメロディやリズムは、私の内部でちゃんと再生されます。14才、学校の課題のためにピアノでつくった曲。22才、バンドで自分が歌うために鼻歌とキーボードでつくった曲。ある時ちょっと思い出したなあと追想してみたらフルで憶えていて自分でもビックリ。あまりに素直なメロディラインなので、今の私ならこんなアレンジするかな、などと一人静かに頭の中で音を再生しています。

この楽しみは香りに対しても同じでした。自分でつくった香りだけでなく、かつて長く愛用したフレグランスの香りもしっかりと記憶に刻まれています。あの香り…と思い起こすだけで心地よくなれることもあります。念じることで実際に香りを発散させることはできなくても、その香りによって得られた気分と笑顔は確実に再生できます。

そんなことを思いながら昨夜聴いたジャズ。2月に開催したコンサートで薔薇の香りをピアノで音楽表現してくださったアキコ・グレースさんが、今年のローズ・ヌーヴォーの香りを音にしてみたくなった…とブログで表明直後のライヴです。今回はベースとドラムスとのトリオ。光のように駆け巡るピアノの音に、大地の底から命が共鳴するかのように調和するベースの響き、風がそよいでいくかのようなドラムスの流れ。そんな中でグレースさんが、"エッジのきいた" 今年のローズの香りのきらめきを演奏されました。ベースやドラムスの音とともに、繊細で複雑なこの花の香りが私の内側に再生されてくるのを感じた夜でした。
楽器になりたいと思ったのは、こういうことだったのかもしれません。
身体の中に香りと音楽。いつまでも。


参考情報:
ピアニスト、アキコ・グレースさんブログより

「鍵盤とローズオットー」

「ローズ・ヌーヴォーとピアノ」

2010年11月7日日曜日

フランス

私が生まれて初めて海外を訪れ、生活したのは大学3年の冬から春。1人で飛行機に乗り、南回りの航路でパリに向かいました。
大学で専攻したフランス語を使ってみたい、実際に生活してフランスを知りたいという気持ちがありました。ステイ先はフランス語しか話せないマダムの住むマンション。

午前は語学学校、午後はフリーでしたから美術館巡りと街の散策に明け暮れていました。一度だけ学校の選択受講で午後にパリ郊外の香水工場を見学したこともあります。パコ・ラバンヌというブランドの工場です。大好きな香水がこんなにも工業化されたシステムで作られていることに驚いたことも憶えています。

パリでの生活で印象的なことの一つに食生活があります。断然美味しいと思ったのはパンです。"pain"というのはまさにフランス語。小麦の香りでしょうか、パリッとした香ばしさと噛みごたえが魅力です。ランチといえば、大概ハムやチーズが挟まれたバゲットサンドイッチを食べていましたが飽きませんでした。
朝食はセルフサービス。マダムは姿を見せません。食卓にあるフルーツ、パン、シリアルと冷蔵庫にある飲み物、ヨーグルト、チーズ、コンフィチュール(ジャム)を自由に食してよいのです。フランス語で朝食のことを"petit-déjeuner" といい、直訳すると「ちょっとした食事」ですがまさにそんな感じです。目がさめたばかりでフルーツだけでいいという人もいれば、ミルクとシリアルという人もいました。私はせっかくなのでパンかシリアルにフルーツ、ミルクかヨーグルト、など日替りで楽しんでいました。パンやシリアルの種類の豊富さにも驚いたものです。夕食はマダムの手料理です。野菜と肉が煮込んであることもあれば焼いてあることも多く、味付けもそれほど濃くはなく、と私は恵まれていたのかもしれませんが、違和感なく頂いていました。一度だけ驚いたのは米のプディングが出されたときです。長い米粒でしたから日本の米のタイプではなく
それが甘いフルーツのシロップで煮固められていたのでした。甘い米?とは思いましたが食べてみるとお菓子のようなものと受け入れることができました。
外食で最も印象的だったのはクスクスという粒状パスタをスープにたっぷりかけて頂く料理。ごろごろとした野菜とスープの味が優しくておなかいっぱいになりました。

小麦を生かしたパン、ふんだんな野菜とフルーツや乳製品からイメージできたのは農業国フランスならではの食文化でした。朝食の形式の合理性もフランス人らしいなと思います。この形式は私自身が現在の生活で取り入れることもあります。私がいなくても、わざわざ起きなくても家人が自分のお腹の具合に合わせてセルフサービスで食べられるようにしておくのです。朝は調理する時間がない、または調理の匂いを身体につけたくない、そんなニーズにもかなっています。記憶がうすれないうちに、これからも私の異国体験をすこしずつ綴っていきたいと思っています。

2010年11月4日木曜日

オレンジ花の清楚な白・ネロリ

白のクラシカルなドレス。明るい色の髪。
陽光とそよ風に心を洗われ、晴れやかな気分が身体を潤していく…。
今でも、フレッシュなネロリの香りに遭遇するとそのようなイメージが浮かびます。ビターオレンジの白い花から得られる香料です。

かつてフレグランスの調香に用いられる代表的な香料を学んでいたときのこと、このネロリは柑橘系の香料のカテゴリーに含まれていました。清楚な印象の奥に一瞬うっとりとさせる濃厚な魅力をもつこの香りは、なるほどオーデコロンには欠かせないと言われるだけのことはあると感じます。

ネロリに初めて対面したときの人の反応は実に様々ですが、今でも特に忘れられないのは20歳の男性の言葉です。
「たとえば好きな人に振られてしまったとき、この香りを嗅ぐとよさそうですね。」

レオナルド・ダ・ヴィンチもこのオレンジの花から香料を抽出しようとしたと文献で読んだときは驚きました。彼が試みたのは精油を得るための水蒸気蒸留法ではなく、油脂に香り成分を吸着させるために花びらを敷きつめることを繰り返す手間のかかる方法であったそうですが… 。そうまでしてこの香りを求めるヒトの情熱の一端を感じます。ビターオレンジの花を蒸留した精油について最初に記述したのは、イタリア人の自然愛好家で1563年のことだったという記録もあるそうです。

オレンジの花から得られる香料が何故ネロリと呼ばれるのでしょうか。17世紀にこの香りを好みイタリア社会に紹介した姫君のいた国がローマ近郊のネロラ公国。この国のプリンセスであったアンナ・マリア・デ・トレモイルは、手袋やステーショナリー、スカーフなどあらゆるものにこの香りをつけていたそうです。ネロリとはまさに、流行が生んだ名称です。

ネロリの産地はチュニジア、モロッコ、イタリア、フランスなど。
オレンジ花の清楚な白。その香りは今も広く愛されています。

参考文献

「フレグランス
クレオパトラからシャネルまでの香りの物語」
エドウィン・T・モリス 著 中村祥二 監修
マリ・クリスティーヌ 、沼尻由紀子 翻訳
求龍堂 発行


"AROMATHERAPY FOR HEARING the SPIRIT"
GABRIEL MOJAY
1997 Gaia Books Limited,London
Healing Arts Press