2011年4月19日火曜日

眠っていたものを意識した翌日、あるブログを読んで腑に落ちる

昨日、地震でいつ止まるかわからない新幹線の中で改めて意識したことがあった。自分にはまもるべき人物があり、たとえ当のその人物から嫌われようともどう思われようと(忘れ去られることも含む)、取り続けなくてはいけない行動の責任を感じるという意識。

その意識の背景をゆうべずっと考えていた。そして思い至ったのは、生き物としての本能的なものかもしれないということ。少なくとも自分よりもずっと若く自分より長く生きるであろう同じヒトという種がその生命のパワーを発揮しないうちに散ることがないように、と。わかりやすい対象の筆頭は我が子。

同時に自分は何故今この職業に、と考えた。香りはヒトがより良く生きるために不可欠という、ゆるぎない信念がいつしか自分の中に育っていた。20代の頃からそんなものは贅沢だ、不要だ、おせっかいだと思われようが、マイノリティと言われようがこの仕事を続けているのはそこに起因していたのかと。

そんなことをぼんやり考えながら、日頃から愛読している服飾史家の中野香織さんのブログを読んだ。一回読んだだけで私にはタイムリーな共感が満ちてきて、予定外にこのようにブログまで書き始めてしまった。

4/17中野香織さんのブログタイトルは
ー真の強さを引き出す、「あなたなしでは生きてゆけない」ー

私が目を引きつけられた文章は、ブログの中で中野さんが引用されている内田樹氏のお言葉。
「自分をほんとうに強めたいと思うなら、限界を超えて強めたいと思うなら、『私は誰かの支援なしには生きられない』『私の支援なしには生きられない人がいる』という二重の拘束のうちに身を置く必要がある」

引用してくださった中野さんの視点に感謝したい。昨日から考えていたことが何か腑に落ちた気がする。私には自分を強めたいという確たる意識があったわけではないけれど、この二重の拘束に常に身を置いて生きている自覚はある。その答えが今の職業なのであるとしたら、ひたすらセンサーを研ぎ澄ませて邁進するのみ。


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