2011年4月22日金曜日

交響曲第9番(ベートーヴェン)・歓喜は苦難の中に

今日、演奏会に出掛けた。春のこの時期に第九を聴くのは3回目。

ベートーヴェン(1770~1827)の交響曲第9番(初演は1824年5月7日ウィーンにて)といえば第4楽章の合唱が有名だが、私はそこに至る第1~第3楽章が特に好きであり、この流れがあってこそ「歓喜」の合唱につながる、と聴くたびに思う。


私は高校時代に2年続けて第九の合唱にソプラノとして参加した。その息子が志望し入学した高校では、毎春プロのオーケストラ&ソリストと共に在校生がコーラス参加する「第九演奏会」が実施され、保護者は招待される。高校時代には年末に歌っていた第九を春に聴く…何かそのほうが私の心にしみとおってきたのは、厳しい冬を乗り越えて迎えた後だからかもしれない。

第1~3楽章を目を閉じて聴いていると、私は様々な情景を想像する。きらめく朝の光や水の流れ、そよ風や鳥のさえずりばかりではない。不安の立ち込めた空気の中に次々と襲いかかる出来事…でも朝がくるとまたいつものように歩いていく…束の間の笑顔の後の悲しみ、迷い…
そして、第4楽章のバリトンのソリストが最初に歌うドイツ語の意味は
「おお 友よ、この調べではない!もっと快い、喜びに満ちた調べに、ともに声を合わせよう」。
この部分のみベートーヴェン本人の作詞であるという。後にシラーの詩が続く。

この曲を聴覚なしで作曲したベートーヴェンの、苦難の中に時々きらりと幻のように見える歓喜への思いを感じ、聴くたびにいつもうっすらと涙する。苦難の中にこそ歓喜は見える。そういえば、「喜び」という意味の名前 "JOY" というフレグランスがフランスのジャン・パトゥから発売されたのも1929年、世界的に大不況の只中だった。

参考文献:
「ベートーヴェン作曲/交響曲第9番 第4楽章 "合唱"」
編著(株)河合楽器製作所・出版部

0 件のコメント:

コメントを投稿