2011年10月22日土曜日

サムサラとサンダルウッド

1980年代後半。
親元を離れ、異国の言語を学び、一人で生活していた時代。
困難の中にも閃光のような自由の喜びがあり、あふれる情報の中で意識よりも圧倒的に速いスピードでかけめぐる五感を頼りに生きていた頃。

出逢った香水がサムサラ(ゲラン)。
すぐに魅かれ、以後数年間、私の大切な香りの一部となった。
特に繊細な残り香が素晴らしい。

神秘的で柔らか。困難の海の果てに辿り着けるような奥深い官能性。
心が静かに落ち着き、五感を通して肉体の状態を冷静に感受できる香りの力。

ゲランの4代目調香師、ジャン-ポール・ゲラン氏は1989年にこの「サムサラ」を発表。「サムサラ」とはサンスクリット語で「輪廻」を表す。この調香師が恋した一人のイギリス人女性のために、彼女独自の官能性を解き明かしてあげたいという思いから創作されたという。彼女が白檀(サンダルウッド)とジャスミンを好むという情報を生かしながら。

「サムサラ」のボトルは彫刻家ロベール・グラネによるデザイン。きっと一目観たら忘れないかたち。座禅のポーズを彷彿とさせる、生命のような深い赤。

後になってこのサムサラに、天然香料サンダルウッドが多く使用されていることを知った。そしてその後アロマテラピーでサンダルウッドの精油で出会う。面影は確かにある。心を穏やかにさせる静かなイメージが時間経過とともに本能を刺激する官能性へとゆっくり変化するあたり。しかし、サムサラはそうしたイメージのみを見事に生かし、素のサンダルウッドそのままの表層を露わにはしていない。香料から感受された美のエッセンスで「サムサラ」という女性のためのドレスを描いた。

'80年代から'90年代へと移る時の中でこそ私が必要とした香りの一つは、いまも深く記憶に刻まれている。


参考文献:
「ゲラン 香りの世界への旅」
ジャン-ポール・ゲラン 著
田中樹里 訳
フレグランスジャーナル社




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