ロンドンオリンピック開幕。
同時に、私は18世紀末のロンドンに実在しイギリス史上最も美しいと称賛された一人の女性の生涯を読み終えた。
5月のコチラ のブログでもご紹介の一冊である。
本編550ページを超える文章には、当時の画壇の寵児ともいうべき四名の画家(サー・ジョシュア・レノルズ、トマス・ゲインズバラ、ジョン・ホップナー、ジョージ・ロムニー)に肖像を描かれたにも関わらずその真の美しさは捉え難しといわしめたメアリの43年(1757〜1800)の波乱万丈が綴られている。彼女が亡くなったときの描写では私も涙した。
きっとその美しさは、整形などあり得ない当時にあって、顔の造形や身体つきだけではなく、彼女のシャープで繊細な感受性ゆえの表現力、仕草、ふるまい全てに現れていたのだろう。リアルタイムでメアリに会えていた人たちの幸運を想像する。同時代に生きたフランス王妃マリー・アントワネットにも会い、マリーにもその美と愛らしさを讃えられたという。
女優、英国皇太子(のちのジョージ四世)の第一の愛人、社交界のスター、フランスの最新ファッションをいち早く取り入れイギリス流に着こなす最先端のファッションアイコン…これだけでも稀有な存在である。さらには著述家として長編小説、政治論文、随筆、戯曲、詩…多くの作品を残す。フェミニストとしての活動も垣間見ることができた。自らの生涯を振り返り、『イギリスの女性たちへの手紙ー精神的隷属の不当性について』と題された著書の中では、当時のイギリス社会での女性の立場の不当性を指摘し、「女性のための大学」を設立すべきと提案している。
18世紀末。世はアメリカ独立戦争、フランス革命の時代である。現代以上に階級社会、男性中心の社会にあって、女性が自らの意志だけで生き方を定め進むことがいかに困難であったかを想像すると、その美しさゆえに男性により過酷な運命に翻弄される一方、メアリはまさにそうした逆境をことごとく切り開き、その短い生涯の中、病魔と闘いながらも自らの才気を開花させた。彼女が著書の中で記したという次の文が私の心から離れない。
「知識の頁を開くのは逆境のみである」
「精神を支えるのは真実のみである」
およそ二ヶ月の間、私は週末の数時間をこの本に当て、少しずつ読み進めた。二時間ドラマを漠然と見るよりも遥かに様々なことを感じられたと思う。読みながら、ときどき本の中の肖像画を眺めたが、どれも私のイメージしたメアリではない。何と言っても、時の皇太子にこういわしめた女性である。
「…僕は見たことのないような美しい女性の登場に、ことに興味を惹かれ…
彼女はすばらしく繊細な演技をしたので、僕は涙してしまいました」
このような女性の存在が、長い間封印されていたのも、情報操作巧みなイギリスという国ならではなのであろうか。ますます興味深まる国である。
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