2011年12月23日金曜日

" Effluves androgynes "・性別はさておき人として魅力的か、匂いは語る

11月のフランス語講義でのこと。一人の中国人学生からこんな質問。
「先生、ゲイの人のことを説明するとき、名詞の性や所有形容詞はどう考えればよいのでしょうか。」

私が想像するに、対応としては三つある。学生にもそう伝えた。
1,名詞に性別などない英語を使う
2,生物学的な性別はともかく、自分はこの性と思いたい性で表現する
3,言葉はあくまでも言葉だから生物学的性別に従うのみ

この問答から発展して考えたのは、
性差の縛りから離れ、それでも人として魅力的であるということはどういうことかということ。改めて自分の人に対する感じ方を振り返る。初めて会う人、もしくは既知の人であっても今という瞬間に目の前にいる人に対して、外観から漂うオーラ、話し方や生きものとしての外向きな情熱の向け方に魅力を感じるかどうかが、その後のその人と自分の関係性に影響を与えていた。

どんなことを考え、どう生きているかというのは自ずと顔に刻まれ、体型にも反映される。何を美と感じるのかという意識はすべて外観とともにその人の匂いとしてオーラをかたちづくるのだ。これまで人と接してきて痛感する。

そこに男だから女だからという区切りはない。美に性差はないのだから。一個の生命体として魅きつけるオーラを携えているか。ただそれだけ。

Effluves androgynes…フランスの美容雑誌で見かけたフレーズの意味は、「男女両性の匂い」。おそらくはユニセックスの香りとして男女かかわらず使用できるフレグランスの紹介記事なのだろう。面白いのは"Effluve"(おもに複数形で使われ、におい、臭気、香り/ 文語として、精神的な息吹、輝き ー プチロワイヤル仏和辞典より)という名詞を使用していること。これは"Parfum"や"Arôme"のように芳香のみを示す言葉ではない。

人は、自分を鏡で観ながら、匂いをかぎながら、これぞ自分という表現を考えるとする。大概私の場合は鏡を観る前に身につけたものがいくつか省かれる。ただし、その気分の源には、第一の衣服として肌に直接身につけた香りが漂っている。他人にはわかっても自分でも気づけない、これまでの自分を表す表情や話し方の源には気分がある。その気分がオーラを作るとしたら、第一の衣服は単純に男性用か女性用かという尺度ではない美意識で選ばれたものであってほしい。

そうした意味で今年発売されたファッションブランドから発売されたフレグランスの中では、メゾンマルタンマルジェラの初フレグランスは気になる香りのひとつ。その他、彼も彼女も纏える上質感を提供するという、父娘という異性調香師ユニットで創作されたザ ディファレント カンパニーのピュア ヴァージン も見逃せない。

外観とともに、匂いは、その人を物語る。


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